この日は義祖母の90歳の誕生日。
義祖母と義叔母たちの家で
朝のお茶会から始まりランチを経て
夕方まで過ごす予定です。
朝食には義父が用意してくれた
みそ汁、ご飯、ニシンの薫製をいただき、
義母が生花を調達しに出掛けました。
私も持参した浴衣に着替えるため、
後片付けを男性陣に任せて
着付けにとりかかります。
和服類は初めてだったので、
友人に教わったにわか仕込みの着付けで
なんとか時間内に形にしました。
早速、車で5分ほどの場所にある
義祖母と義叔母たちの家へ。
皆、尋常ならぬ勢いで喜んでくれました。
それほどに孫は可愛いものなんですね。
完璧なテーブルコーディネートで
用意されたお茶とお茶菓子をいただきながら
会話も弾みます。
ランチはローストポークと野菜、
リンゴのソースとグレービーソース付き。
別の場所を貸し切ってのパーティーや
特別豪華な手料理も考えたそうですが、
本人の希望で普通のローストポークになったそうです。
それでも馬鹿にできない美味しさ。
素材もいいし、焼き具合もいい。
野菜にはしっかりと肉汁の味がしみ込んでます。
思わず焼き方を尋ねてみましたが、
長年の貫禄が感じられる味なので、
これを自分で再現するのは難しそうです。
義祖母は誰からも愛される人なので、
この日も世界中の友人から
お祝いの電話が鳴りっぱなし。
落ち着いて食事をすることもできませんでした。
電話だけでなく、カードや花束も各地から届き、
大きな家の中が花の香りでいっぱいでした。
義祖母のすばらしい人柄が表れているようです。
ちなみにこの後数週間にわたって、
電話や贈り物が絶えなかったそうです。
素敵な一日でした。
Friday, 8 July 2011
Wednesday, 6 July 2011
冬のオーストラリア3
1 植物園(Royal Botanic Gardens)
爽やかな朝。
近くの植物園まで散歩に行きました。
丁寧に管理されているここの植物園は
都心にあるにもかかわらず規模が大きく、
オペラハウスのすぐ隣にあります。
片方には高層ビル群、
片方には海。
都会の喧噪の中、ここでは
時間の流れが緩やかに感じます。
通勤・通学途中の人がちらほらと、
本を読んだり朝食を食べたりして
朝のひとときを静かに楽しんでいます。
ジョギングをする人もいます。
5人ほどの庭師や専門家が
それぞれの植物を見て回りながら、
話し合い、管理具合などを確認しています。
あのグループの一員として働けたら、
毎日どんなに楽しいだろうか…と
夢見てしまいます。
やっかいな人間とではなく、
植物と対話していればいいのだから
こんなに癒される仕事はありません。
広い園内を散歩して回ると、
少しお腹がすいてきました。
ホテルへ戻る途中に、通勤者が通う
小さなパン屋さんがあったので、
パッションフルーツやナッツが沢山入ったヨーグルトを買って
ホテルで食べました。
2 Bowral
チェックアウトを済ませると、
義父が迎えにきてくれました。
久しぶりの再会です。
これから夫の実家へ行きます。
実家はシドニーから車で1.5〜2時間ほど南に行った所。
わざわざ迎えに来てくれなくても良かったのですが、
親切にも運転してきてくれました。
夫にとっては1.5年ぶりの父との再会。
積もる話もあるのでしょう、
車の中ではおしゃべり通しでした。
実家に着くと、
なつかしい義母が笑顔で迎えてくれました。
挨拶をしてお土産を一通り交換した後、
私たちのために改装したり手入れをしたという
家を隅々まで見せてくれました。
新しく買った大きなアボリジニアートが掛けられていて、
生花が飾られ、
部屋部屋のベッドや家具がきれいに設えられています。
何ヶ月も前から準備してくれていたそうです。
庭に出ると、東北の地震があった日から
作り始めたのだという、日本風庭園がありました。
この庭園で被災地のことを祈っていたのだとか。
白い石を敷き詰めて、周りに置き石や草を配置し、
まるで京都の枯山水の庭のようです。

相当な労力だったことでしょう。
デザインのことで夫婦喧嘩もしたというし、
草を処理したり、石を敷き詰めたり、
アンティーク店で日本の置物を集めたりも
したのですから。
庭の一角にある家庭菜園も見せてくれました。
チンゲンサイもできていました。
冬なのに緑の野菜が育つんですね。
ここBowralは、シドニーとは違い
東京の冬よりも寒いくらいです。
それをすっかり忘れていたので
今回は冬用の上着は持ってきませんでした。
十分くらい庭に出ていただけで
ぶるぶると震えて家の中に逃げ込みました。
暖炉の火が有り難い。
義母がアフタヌーンティーの支度をしていました。
西オーストラリアの伝統あるフルーツケーキや
地元の砂糖菓子などで、日本茶をいただきました。
ほっとするひととき。
アンティークのカップを使う時&洗う時は
いつも緊張します。この緊張感が
エレガントな雰囲気を作り出すのかもしれませんね。
夜は義母がモロッコ料理を作ってくれました。
4時間もかけて低温で調理したラムのタジンと
アップルクランブルというデザート。
タジンには庭から採ってきたミントと
レモン、スライスしたアーモンドを添えて。
タジン料理にはクスクスを付けます。
クスクスは日本ではあまり馴染みがありませんが、
オーストラリアではかなりポピュラーのようです。
とても美味しくいただきました。
近くの植物園まで散歩に行きました。
丁寧に管理されているここの植物園は
都心にあるにもかかわらず規模が大きく、
オペラハウスのすぐ隣にあります。
片方には高層ビル群、
片方には海。
都会の喧噪の中、ここでは
時間の流れが緩やかに感じます。
通勤・通学途中の人がちらほらと、
本を読んだり朝食を食べたりして
朝のひとときを静かに楽しんでいます。
ジョギングをする人もいます。
5人ほどの庭師や専門家が
それぞれの植物を見て回りながら、
話し合い、管理具合などを確認しています。
あのグループの一員として働けたら、
毎日どんなに楽しいだろうか…と
夢見てしまいます。
やっかいな人間とではなく、
植物と対話していればいいのだから
こんなに癒される仕事はありません。
広い園内を散歩して回ると、
少しお腹がすいてきました。
ホテルへ戻る途中に、通勤者が通う
小さなパン屋さんがあったので、
パッションフルーツやナッツが沢山入ったヨーグルトを買って
ホテルで食べました。
2 Bowral
チェックアウトを済ませると、
義父が迎えにきてくれました。
久しぶりの再会です。
これから夫の実家へ行きます。
実家はシドニーから車で1.5〜2時間ほど南に行った所。
わざわざ迎えに来てくれなくても良かったのですが、
親切にも運転してきてくれました。
夫にとっては1.5年ぶりの父との再会。
積もる話もあるのでしょう、
車の中ではおしゃべり通しでした。
実家に着くと、
なつかしい義母が笑顔で迎えてくれました。
挨拶をしてお土産を一通り交換した後、
私たちのために改装したり手入れをしたという
家を隅々まで見せてくれました。
新しく買った大きなアボリジニアートが掛けられていて、
生花が飾られ、
部屋部屋のベッドや家具がきれいに設えられています。
何ヶ月も前から準備してくれていたそうです。
庭に出ると、東北の地震があった日から
作り始めたのだという、日本風庭園がありました。
この庭園で被災地のことを祈っていたのだとか。
白い石を敷き詰めて、周りに置き石や草を配置し、
まるで京都の枯山水の庭のようです。

相当な労力だったことでしょう。
デザインのことで夫婦喧嘩もしたというし、
草を処理したり、石を敷き詰めたり、
アンティーク店で日本の置物を集めたりも
したのですから。
庭の一角にある家庭菜園も見せてくれました。
チンゲンサイもできていました。
冬なのに緑の野菜が育つんですね。
ここBowralは、シドニーとは違い
東京の冬よりも寒いくらいです。
それをすっかり忘れていたので
今回は冬用の上着は持ってきませんでした。
十分くらい庭に出ていただけで
ぶるぶると震えて家の中に逃げ込みました。
暖炉の火が有り難い。
義母がアフタヌーンティーの支度をしていました。
西オーストラリアの伝統あるフルーツケーキや
地元の砂糖菓子などで、日本茶をいただきました。
ほっとするひととき。
アンティークのカップを使う時&洗う時は
いつも緊張します。この緊張感が
エレガントな雰囲気を作り出すのかもしれませんね。
夜は義母がモロッコ料理を作ってくれました。
4時間もかけて低温で調理したラムのタジンと
アップルクランブルというデザート。
タジンには庭から採ってきたミントと
レモン、スライスしたアーモンドを添えて。
タジン料理にはクスクスを付けます。
クスクスは日本ではあまり馴染みがありませんが、
オーストラリアではかなりポピュラーのようです。
とても美味しくいただきました。
冬のオーストラリア2
1 空港→ホテル(Circular Quay)
約二年ぶりのオーストラリアです。
ビーチに行きたいし、
カフェやレストラン巡りしたいし、
ショッピングしたいし、
ホテルでのんびりもしたい。
もう興奮気味で朝のシドニーに
降り立ちました。
しかしそんなウキウキ気分も
沈んでしまうくらい、
シドニー国際空港は混んでました。
出国手続きに小一時間、荷物検査に一、二時間でしょうか。
空港内は人の列が大蛇のようになって
びっしりと詰まっています。
もう少しどうにかならないかな…。
待っている間、その辺にあった
オフィシャルガイドブックを手に取ってみる。
日本語版は英語版に比べてかなり薄い。
そして、内容もなんだか滅茶苦茶。
直訳的な日本語だし、同じ文が別のコラムにペーストされていたり。
この適当さ。
オーストラリアに来たんだなあ、と
妙に実感しました。
荷物検査にたどり着く前に、
検査員が適当に私たちのパスポートなどを
チェックし、横道から通してくれました。
夫が両替をしている間、青い空に誘われて
空港から少し出てみました。
澄んだ空に、きりっとした奇麗な空気。
これこれ。いかにもシドニーらしい、ポジティブな雰囲気です。
心身の緊張が急にとれて、ハンモックにぶらり身を任せた気分。
思い出しました。
空港からメトロに乗ってホテルのあるCircular Quayへ。
運賃は高かったけど、中心部に行くには便利です。
街の様子は変わっていません。
ビジネスマンがカフェで朝のミーティングをしていたり、
メッセンジャーが行き交います。
ホテルへは早めに着きましたが、
チェックインをさせてくれました。
シャワーを浴びて、着替えて、さあ、出発!
2 ランチ
オーストラリアは多民族国家なので、
様々な文化を楽しめるのが良いところ。
街を歩いていると、よく聞いたことのない言語を耳にします。
イタリア系移民から発展したカフェ文化は強く根付き、
スターバックスなどチェーン店は見かけません。
街の至る所でコーヒーの香りが漂います。
日本ではあまり見かけない
本格的な東南アジア料理や中東料理は、
私がオーストラリアで一番に食べたいもの。
しっかりと人々の日常食となっています。
ランチは、マレーシア料理。
前もって現地の人に聞いてここ!という場所を教えてもらいました。
ホテルのすぐ近くにその店はありました。
ココナッツミルクがベースの
マレーシアの 麺料理、ラクサです。
小さくて簡単な作りのファストフード店の出で立ちですが、
昼時で多くのビジネスマン&ウーマンで賑わっていました。
皆、スープが服に飛び散るのを恐れもせず…
そのくらい、病みつきになる味なんです!
それにしても、麺も鶏肉もスープも
食べても食べてもなくならず…
さらに青唐辛子をトッピングしたものだから
美味しいけれど激辛。
汗をかきながら、夫に手伝ってもらって平らげました。
夕食いらないくらいの満腹ぶり。
皆これを日常的に食べるのか!?
オージーの胃袋の大きさ、恐るべし。
3 ビーチ(Bronte〜Bondi)
お腹がいっぱいになったところで、ビーチへ!
ビーチに行かずして、
シドニーに来た意味はありません!
ということで、バスに乗ってBronteビーチへ向かいます。
ManlyやBondiが有名どころですが、
他にも奇麗なビーチがたくさんあります。
いつも思うのですが、バスがわかりにくい。
普通のバス停には路線図、行き先が書かれていません。
バス内にもアナウンスや路線図がありません。
だから、地元の人のみ行き先を知っているのです。
観光客などは運転手さんに聞くしかありません。
運転手に話しかけて「行かないよ」と言われ、
おろおろした人をよく見かけます。
乗ったところで、どこでブザーを鳴らすのか、
どこで降りるのか、初心者は全くわかりません。
観光地でもあるのだから、
これは改善してほしいポイント。
なんとかBronteエリアに到着。
長年続く地価高騰と住宅購買競争で、
海に近い所はさぞかしリッチな場所なんだと
思っていたけれど、結構落ち着いた所でした。
小さなパン屋さんで懐かしの
Anzacビスケットとginger man breadを買い、
妙にうれしくなってしまう。
パン屋でアルコール中毒らしき
二人の男性が立ち話をしていた。
「洗濯をしたから来春には乾くだろう」と。
こういう光景もまたオージースタイル。
15分くらい歩いただろうか。
ターコイズブルーに輝く透明なBronteの海と、
真っ白な砂浜が見えてきました。
こんな奇麗な近所でジョギングや散歩や水泳ができるなんて、
羨ましい生活です。
海水浴シーズンではないのであまり人はいませんが、
少年たちがサーフィンの練習をしていて、
傍らのプールでは年配の方々が優雅に泳いでいました。
なんと70〜80代くらいのおばあさんも
泳いでいました。健康的!
せっかく来たので、海岸沿いを
Bondiビーチまで歩くことにしました。
一つ小さなビーチを通り過ぎると
大きなBondiビーチが見えてきます。
なにやらにぎやかなイベントをしているよう。
近づいてみると、スケートリンクが!
皆完全に夏の格好でスケートしていて、
横では大きな機械が一生懸命リンクを冷やしてます。
最高のスポーツスポットを目の前にして、
わざわざスケートしなくても…と
反エコを感じてしまいました。
4 ディナー
ホテルに戻り、
Rocksという開拓時から栄えた古いエリアを歩いてから
夕食をすることにしました。
全くお腹は空いていなかったけれど、
折角のシドニーの夜なので、おしゃれをして出掛けます。
夜になると肌寒く、
秋用ジャケットとマフラーで体を温めながら、
古い町を歩きます。
平日の晩だからでしょうか、
閉まっている店もありますが、
開拓当初からある建物はどれも
味があって、歴史が感じられます。
港をのぞむオープンレストランで
食事をすることにしました。
イタリア料理屋さんだったので、迷わず
日本ではあまり食べられないラザニアを注文。
赤ワインを楽しみながら、オペラハウスを眺めます。
シドニーに来た甲斐あり!
レストランの床や壁に敷き詰められた岩は、
開拓時に送られてきていた囚人が作ったもの。
それぞれに金属の棒のようなもので削った跡があり、
相当な重労働だったことがわかります。
それも、賃金は払われなかったのだから、
その人々のことを思うと胸が痛みます。
レストランを出て少し散歩でも、と思いましたが、
寒かったのでホテルに戻りました。
夫がホテルのラウンジで旧友たちと再会している間、
私は大きなバスタブにお湯を張って
ゆっくりと体を温めることができました。
約二年ぶりのオーストラリアです。
ビーチに行きたいし、
カフェやレストラン巡りしたいし、
ショッピングしたいし、
ホテルでのんびりもしたい。
もう興奮気味で朝のシドニーに
降り立ちました。
しかしそんなウキウキ気分も
沈んでしまうくらい、
シドニー国際空港は混んでました。
出国手続きに小一時間、荷物検査に一、二時間でしょうか。
空港内は人の列が大蛇のようになって
びっしりと詰まっています。
もう少しどうにかならないかな…。
待っている間、その辺にあった
オフィシャルガイドブックを手に取ってみる。
日本語版は英語版に比べてかなり薄い。
そして、内容もなんだか滅茶苦茶。
直訳的な日本語だし、同じ文が別のコラムにペーストされていたり。
この適当さ。
オーストラリアに来たんだなあ、と
妙に実感しました。
荷物検査にたどり着く前に、
検査員が適当に私たちのパスポートなどを
チェックし、横道から通してくれました。
夫が両替をしている間、青い空に誘われて
空港から少し出てみました。
澄んだ空に、きりっとした奇麗な空気。
これこれ。いかにもシドニーらしい、ポジティブな雰囲気です。
心身の緊張が急にとれて、ハンモックにぶらり身を任せた気分。
思い出しました。
空港からメトロに乗ってホテルのあるCircular Quayへ。
運賃は高かったけど、中心部に行くには便利です。
街の様子は変わっていません。
ビジネスマンがカフェで朝のミーティングをしていたり、
メッセンジャーが行き交います。
ホテルへは早めに着きましたが、
チェックインをさせてくれました。
シャワーを浴びて、着替えて、さあ、出発!
2 ランチ
オーストラリアは多民族国家なので、
様々な文化を楽しめるのが良いところ。
街を歩いていると、よく聞いたことのない言語を耳にします。
イタリア系移民から発展したカフェ文化は強く根付き、
スターバックスなどチェーン店は見かけません。
街の至る所でコーヒーの香りが漂います。
日本ではあまり見かけない
本格的な東南アジア料理や中東料理は、
私がオーストラリアで一番に食べたいもの。
しっかりと人々の日常食となっています。
ランチは、マレーシア料理。
前もって現地の人に聞いてここ!という場所を教えてもらいました。
ホテルのすぐ近くにその店はありました。
ココナッツミルクがベースの
マレーシアの 麺料理、ラクサです。
小さくて簡単な作りのファストフード店の出で立ちですが、
昼時で多くのビジネスマン&ウーマンで賑わっていました。
皆、スープが服に飛び散るのを恐れもせず…
そのくらい、病みつきになる味なんです!
それにしても、麺も鶏肉もスープも
食べても食べてもなくならず…
さらに青唐辛子をトッピングしたものだから
美味しいけれど激辛。
汗をかきながら、夫に手伝ってもらって平らげました。
夕食いらないくらいの満腹ぶり。
皆これを日常的に食べるのか!?
オージーの胃袋の大きさ、恐るべし。
3 ビーチ(Bronte〜Bondi)
お腹がいっぱいになったところで、ビーチへ!
ビーチに行かずして、
シドニーに来た意味はありません!
ということで、バスに乗ってBronteビーチへ向かいます。
ManlyやBondiが有名どころですが、
他にも奇麗なビーチがたくさんあります。
いつも思うのですが、バスがわかりにくい。
普通のバス停には路線図、行き先が書かれていません。
バス内にもアナウンスや路線図がありません。
だから、地元の人のみ行き先を知っているのです。
観光客などは運転手さんに聞くしかありません。
運転手に話しかけて「行かないよ」と言われ、
おろおろした人をよく見かけます。
乗ったところで、どこでブザーを鳴らすのか、
どこで降りるのか、初心者は全くわかりません。
観光地でもあるのだから、
これは改善してほしいポイント。
なんとかBronteエリアに到着。
長年続く地価高騰と住宅購買競争で、
海に近い所はさぞかしリッチな場所なんだと
思っていたけれど、結構落ち着いた所でした。
小さなパン屋さんで懐かしの
Anzacビスケットとginger man breadを買い、
妙にうれしくなってしまう。
パン屋でアルコール中毒らしき
二人の男性が立ち話をしていた。
「洗濯をしたから来春には乾くだろう」と。
こういう光景もまたオージースタイル。
15分くらい歩いただろうか。
ターコイズブルーに輝く透明なBronteの海と、
真っ白な砂浜が見えてきました。
海岸沿いは、すきっとするシドニーの冬らしい風が吹いています。
とはいえ、寒くはないので夏らしい格好をして走っている人が
たくさんいます。
こんな奇麗な近所でジョギングや散歩や水泳ができるなんて、
羨ましい生活です。
海水浴シーズンではないのであまり人はいませんが、
少年たちがサーフィンの練習をしていて、
傍らのプールでは年配の方々が優雅に泳いでいました。
なんと70〜80代くらいのおばあさんも
泳いでいました。健康的!
せっかく来たので、海岸沿いを
Bondiビーチまで歩くことにしました。
一つ小さなビーチを通り過ぎると
大きなBondiビーチが見えてきます。
なにやらにぎやかなイベントをしているよう。
近づいてみると、スケートリンクが!
皆完全に夏の格好でスケートしていて、
横では大きな機械が一生懸命リンクを冷やしてます。
最高のスポーツスポットを目の前にして、
わざわざスケートしなくても…と
反エコを感じてしまいました。
4 ディナー
ホテルに戻り、
Rocksという開拓時から栄えた古いエリアを歩いてから
夕食をすることにしました。
全くお腹は空いていなかったけれど、
折角のシドニーの夜なので、おしゃれをして出掛けます。
夜になると肌寒く、
秋用ジャケットとマフラーで体を温めながら、
古い町を歩きます。
平日の晩だからでしょうか、
閉まっている店もありますが、
開拓当初からある建物はどれも
味があって、歴史が感じられます。
港をのぞむオープンレストランで
食事をすることにしました。
イタリア料理屋さんだったので、迷わず
日本ではあまり食べられないラザニアを注文。
赤ワインを楽しみながら、オペラハウスを眺めます。
シドニーに来た甲斐あり!
レストランの床や壁に敷き詰められた岩は、
開拓時に送られてきていた囚人が作ったもの。
それぞれに金属の棒のようなもので削った跡があり、
相当な重労働だったことがわかります。
それも、賃金は払われなかったのだから、
その人々のことを思うと胸が痛みます。
レストランを出て少し散歩でも、と思いましたが、
寒かったのでホテルに戻りました。
夫がホテルのラウンジで旧友たちと再会している間、
私は大きなバスタブにお湯を張って
ゆっくりと体を温めることができました。
Location:
Bronte Beach, New South Wales, Australia
Tuesday, 5 July 2011
冬のオーストラリア1
夫の家族に会いに
オーストラリアへ行きました。
向こうは真冬ですが、
こちらは連日暑い日々が続いてます。
とにかく涼しい所へ行きたい!
今回はベトナム航空でホーチミン経由。
あまり長距離フライトが好きでないので、
あえて乗り継ぎ便を選びました。
朝成田を出発し、
機内で映画を3本ほど立て続けに観て
午後早くにホーチミン到着。
ベトナムは大好きで、
今まで2回旅行で訪れています。
この日も可能なら市内に出たかったのですが、
夫はビザが必要なので、断念。
また来ることもあるでしょう…
ホーチミン空港は新しいので
DUTY FREEショップが充実し、
illyカフェやレストランもあります。
2、3時間なら軽く時間つぶしできるかな。
でも今回は8時間。
でも今回は8時間。
ほとんどの店が
USドルかドンでの支払いなので、
いつかのアメリカ旅行かベトナム旅行の
余りのUSDを持参し、カフェに遣いました。
ベトナム価格ではないので、注意。
水のペットボトルでも3ドルくらいします。
illyカフェにはソファ席もあり、
とてもリラックスできます。
パソコンやブラックベリーで仕事をする
ビジネスマンも見かけます。
場所によってはwifiもいけるので便利。
ベトナム航空は乗り継ぎの待ち時間が長いと
食事券をくれるので、夕食時には
空港内のベトナムレストランで
フォーを無料でいただくことができました。
夜遅くになると
日本人観光客が増えてきました。
大震災の後にもかかわらず、元気に
旅行をしている姿を見るとほっとします。
椅子に横になって眠ったり、
テレビを観たりして真夜中まで過ごし、
いざシドニー行き飛行機に搭乗です!
飛行機はスコールの中出発しました。
窓から見えるものといったら、
雷ばかり……
さすがに落ちるかと思いました。
窓を閉めて、真っ青(な気分)になりながら
目を閉じて眠りに落ちるのをひたすら待ちました。
Location:
Ho Chi Minh, Prey Nokor, Vietnam
Monday, 4 July 2011
オーストラリアドルへの両替
オーストラリア旅行に行く際、
両替コストが高い!と気づく方が多いと思います。
例えば今のUFJ銀行の現金両替レートは以下。
USD 売79.53 買73.73
AUD 売89.54 買70.14
USDと比べてみても、
AUDの手数料がいかに高いかがわかります!
そこで、色々調べてみた結果、
安い方法で取引することができました。
この方法で一から実践するなら
最低でも1ヶ月前に始めましょう!
私は旅行の2週間ほど前に始めて
大急ぎでがんばりましたが、
間に合いませんでした。
あと2日ほどあれば…悔しい!
方法とは、以下の通り。
①オンラインFXの口座開設
②みずほ銀行でAUD口座開設
③普通の銀行口座からFX口座に振込
④FXでAUDに両替
⑤AUDをみずほ銀行に振込
⑥みずほ銀行からAUDを出金
①はFX初心者にはちょっと難しい。
ネットでFX会社を比較し、決まったら
申し込み、書類提出などを経て口座開設。
私はひまわり証券にしました。
無事ログインしてからも用語がよくわからず、
手探り状態。
②みずほ銀行は被仕向送金手数料が
他の銀行より安いということで
近くの店舗でAUD口座を設けました。
外貨を取り扱っていない店舗では
店員さんもあまり慣れていないため、
口座開設や説明に少し時間がかかることがあります。
③自分名義の銀行口座をFX口座で
振込元指定すると、パソコンで簡単に
そこから振り込むことができます。
ただ、私の場合その指定口座にお金を入れておらず、
しかも急ぎだったので、
ATMを何件もはしごして
札束を指定口座に振り込まなければなりませんでした。
④やり方がわからず、色々と参照にしながら
AUDに両替しました。
達成感があります。
⑤みずほ銀行のAUD口座をFX口座に登録し、
そこへ出金処理します。
出金処理してから実際にお金が振り込まれるのに
5営業日くらいかかったと思います。
最短でやりたくても、
ここはどうにもなりません。
⑥これは予想外でした。
みずほのAUD口座に振り込まれると
すぐに取り出せると思っていたのですが、
実はみずほの店舗ではAUDの現金を普段もっておらず、
数日前に電話か店舗で
注文しておかなければならないのです!
次の日が出国だった私は、
この時点でアウト。
都心の大支店にも電話をかけまくったのですが、
どこも即日は無理ということで。。。
結構面倒くさいので、
やる気がなければへこたれてしまうかもしれません。
少額であればそんなに時間かけてまで…
と思うのが普通です。
でも、私は普通に両替するより
数十万円は節約できました。
この方法がベストだとは思いませんが、
長期旅行や留学のための資金を
両替する必要がある方は、
空港で普通に両替するよりは、
色々と試してみた方がお得ですよ!
両替コストが高い!と気づく方が多いと思います。
例えば今のUFJ銀行の現金両替レートは以下。
USD 売79.53 買73.73
AUD 売89.54 買70.14
USDと比べてみても、
AUDの手数料がいかに高いかがわかります!
そこで、色々調べてみた結果、
安い方法で取引することができました。
この方法で一から実践するなら
最低でも1ヶ月前に始めましょう!
私は旅行の2週間ほど前に始めて
大急ぎでがんばりましたが、
間に合いませんでした。
あと2日ほどあれば…悔しい!
方法とは、以下の通り。
①オンラインFXの口座開設
②みずほ銀行でAUD口座開設
③普通の銀行口座からFX口座に振込
④FXでAUDに両替
⑤AUDをみずほ銀行に振込
⑥みずほ銀行からAUDを出金
①はFX初心者にはちょっと難しい。
ネットでFX会社を比較し、決まったら
申し込み、書類提出などを経て口座開設。
私はひまわり証券にしました。
無事ログインしてからも用語がよくわからず、
手探り状態。
②みずほ銀行は被仕向送金手数料が
他の銀行より安いということで
近くの店舗でAUD口座を設けました。
外貨を取り扱っていない店舗では
店員さんもあまり慣れていないため、
口座開設や説明に少し時間がかかることがあります。
③自分名義の銀行口座をFX口座で
振込元指定すると、パソコンで簡単に
そこから振り込むことができます。
ただ、私の場合その指定口座にお金を入れておらず、
しかも急ぎだったので、
ATMを何件もはしごして
札束を指定口座に振り込まなければなりませんでした。
④やり方がわからず、色々と参照にしながら
AUDに両替しました。
達成感があります。
⑤みずほ銀行のAUD口座をFX口座に登録し、
そこへ出金処理します。
出金処理してから実際にお金が振り込まれるのに
5営業日くらいかかったと思います。
最短でやりたくても、
ここはどうにもなりません。
⑥これは予想外でした。
みずほのAUD口座に振り込まれると
すぐに取り出せると思っていたのですが、
実はみずほの店舗ではAUDの現金を普段もっておらず、
数日前に電話か店舗で
注文しておかなければならないのです!
次の日が出国だった私は、
この時点でアウト。
都心の大支店にも電話をかけまくったのですが、
どこも即日は無理ということで。。。
結構面倒くさいので、
やる気がなければへこたれてしまうかもしれません。
少額であればそんなに時間かけてまで…
と思うのが普通です。
でも、私は普通に両替するより
数十万円は節約できました。
この方法がベストだとは思いませんが、
長期旅行や留学のための資金を
両替する必要がある方は、
空港で普通に両替するよりは、
色々と試してみた方がお得ですよ!
Sunday, 26 June 2011
Short Shorts Film Festival & Asia
Short Shorts Film Festival という、
国際短編映画祭へ行ってきました。
原宿のラフォーレ会場へ行ったのですが、
お客さんの列は6階の会場から
階段沿いに3、2階付近まで続いていました。
外国人も一割はいたと思います。
幸い、私たちは前売り券を買っていたので
かなり前の方に入ることができました。
色々なプログラムがある中で、
私が選んだのはアジアの特集。
インド、韓国、日本、台湾から5つの短編映画を観ました。
一番印象深かったのは、
インドの「殺人カメラ」(Black and white)という
白黒映画。
ある写真家のもとに、誰かからカメラが送られきた。
そのカメラで何気なく人の写真を撮ると、
その人が倒れて死んでしまう。
このシンプルかつ大胆なストーリーが
白黒のため無駄がなく緊張感があり、
さらに芸術的に綴られている。
お見事、の一言につきます。
映画が終わったら監督たちとの質問タイムがあり、
帰りに、一番と思う映画に投票します。
普通の映画館とは違って、観客は真剣そのもの。
熱心にアンケート用紙と向き合っていたり、
監督に声をかけたりしていました。
感性が刺激されるイベントでした!
国際短編映画祭へ行ってきました。
原宿のラフォーレ会場へ行ったのですが、
お客さんの列は6階の会場から
階段沿いに3、2階付近まで続いていました。
外国人も一割はいたと思います。
幸い、私たちは前売り券を買っていたので
かなり前の方に入ることができました。
色々なプログラムがある中で、
私が選んだのはアジアの特集。
インド、韓国、日本、台湾から5つの短編映画を観ました。
一番印象深かったのは、
インドの「殺人カメラ」(Black and white)という
白黒映画。
ある写真家のもとに、誰かからカメラが送られきた。
そのカメラで何気なく人の写真を撮ると、
その人が倒れて死んでしまう。
このシンプルかつ大胆なストーリーが
白黒のため無駄がなく緊張感があり、
さらに芸術的に綴られている。
お見事、の一言につきます。
映画が終わったら監督たちとの質問タイムがあり、
帰りに、一番と思う映画に投票します。
普通の映画館とは違って、観客は真剣そのもの。
熱心にアンケート用紙と向き合っていたり、
監督に声をかけたりしていました。
感性が刺激されるイベントでした!
Thursday, 16 June 2011
横浜美術館の長谷川潔展
横浜美術館で開催していた
長谷川潔展へ行ってきました。
長谷川潔生誕120周年のイベントです。
恥ずかしながら、長谷川潔という方
聞いたことがなかったのですが、
レベルが高くてびっくりです。
戦前生まれで、若くしてパリに渡りました。
日本にいる時から感性がとてつもなくパリ的で、
パリに行くべくして行ったといっても
過言ではないでしょう。
色々な技法、手法で作品を残しています。
一番はやはりエッジングなどの版画。
初期は鳥や植物などをバランスよくイラスト的に描き、
いかにも本の挿絵や表紙らしいですが、
パリへ行くと次第に技術が高度になっていきます。
銅板に目に見えないほどの細い線を施し、
濃淡、テクスチャーまで繊細に表現します。
長谷川潔の素晴らしいところは、
飽くなき探究心。
最後の最後まで、常に新しいことに挑戦し、
失敗し、研究を重ね、より良い作品を創り出す。
なかなかできないことです。
彼の作品から与えられる感動は大きく、
彼の芸術に向ける姿勢から与えられるものは
もっと大きかったです。
長谷川潔展へ行ってきました。
長谷川潔生誕120周年のイベントです。
恥ずかしながら、長谷川潔という方
聞いたことがなかったのですが、
レベルが高くてびっくりです。
戦前生まれで、若くしてパリに渡りました。
日本にいる時から感性がとてつもなくパリ的で、
パリに行くべくして行ったといっても
過言ではないでしょう。
色々な技法、手法で作品を残しています。
一番はやはりエッジングなどの版画。
初期は鳥や植物などをバランスよくイラスト的に描き、
いかにも本の挿絵や表紙らしいですが、
パリへ行くと次第に技術が高度になっていきます。
銅板に目に見えないほどの細い線を施し、
濃淡、テクスチャーまで繊細に表現します。
長谷川潔の素晴らしいところは、
飽くなき探究心。
最後の最後まで、常に新しいことに挑戦し、
失敗し、研究を重ね、より良い作品を創り出す。
なかなかできないことです。
彼の作品から与えられる感動は大きく、
彼の芸術に向ける姿勢から与えられるものは
もっと大きかったです。
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